写真家の作風。。。 [写真力]
一回り下の若者と話した。
写真家の作風。。。仕事写真が、そのまま私の作風でもある。
写真で仕事しているのだから?名前が、出れば!
それは、無条件で、その人の作風となるからだ。
CMなどは、名前が、出ない。。。場合が、多い。。。
その代わりスポンサーの意向の元の写真を撮る。
その為に写真家の技量も問われる。
だからそれなりの報酬もある。
名前が、載る様なCMは、その作風を委ねられる部分もあるので。。。
その人じゃなければいけないとなる。
そんな仕事は、ごく一部と言って良いだろう。。。
しかし雑誌などは、必ず、撮影者の名前が出る。
どんな雑誌でもそれは、同じだ。。。
しかも写真雑誌は、依頼内容が、作風が、問われる。
作例・例題の写真だから?その人の作風を出さなくて良いか?
(写真は、本文とは、関連しません・・)
この日の写真は、今月ソフトバンク社から発行になります。
続きを読むから・・
作風を殺しても企画のコンセプトとして己を殺すして見せる場合も有るかも知れない。。。
が、その写真が、これでいいの?では、名前が、出る以上、いい訳は、効かない。
こんなページでは、全力を出せない予算に合わない。。。
と言う事も有るだろう。。。
しかし良い写真を撮れば、業界で地位をおのずと築くだろう。。。
それなりの仕事だから・・・
生活の為の写真だから・・・
それなりからそれ以上に引き上げるのが、その人写真のパワーでしかない。。。
どんな仕事でも作風を出さないとこの人に頼んだ意味は、無いとなる。
私でなくて良い。。。では、寂しい。。。
私の代わりは、沢山いるのだから?
だから写真の中に自分を残さなければいけないのだ。
だかこのら私は1枚に命を削るおもいでシャッターを切るのだ!
続きは、裏日記に・・・
何かすごく考えさせられました。
「プロ」であること。
どんな場合でも
写真でも音楽でもそこに「自分」があるってこととても大事な事。。。 僕もそう思います!
by ゆう (2008-10-04 02:35)
>ゆうさん
どんな世界でも自覚が、大事な事なのかと思います。
by Tsu- (2008-10-05 23:56)
私は「プロ」の意識・自覚ゼロですね。
写真が撮りやすくなるから便宜上「プロ」なだけ。
「脱プロ・アマチュア宣言」しちゃおうかな、と思うくらい。
いちおう「自称写真家」ってことにしてます。
by おーくま (2008-10-07 11:08)